
劇中では、意味について言及されてるシーンはありません
一方、「天淵(てんえん)」という言葉が存在していて、意味は下記の様になっています。
そして、「天」と「淵」はそれぞれ下記の意味を持ってます。
| 淵 | 川や池等で底が見えない位深い場所 |
| 天 | 人の上方、空の方向 |
なので、「天淵」という言葉は、大きくかけ離れた2つの意味が合わさっている言葉なのです。
そして、この記事では下記の内容について、より掘り下げてみました!
淵天の意味を考察:水に関係
そして、前述の通り「淵天」の「淵」という字には、「川や池等の底が見えない位深い場所」という意味が存在しています。
なので、玄力反応で金魚が出てくる事から、「淵」という字が使われてる可能性を考えました。
ただ、それだと「天」という字の意味は、一体どうなってるのかという疑問も出てきます。

一応、金魚の中にはチョウテンガン(頂天眼)という種類もいるのですが、3種類の金魚に該当しないので関係ないと私は思います
ちなみに、「金魚の種類」については、下記の記事でまとめてます。
淵天の意味を考察:千鉱の可能性
カグラバチの劇中だと淵天は、下記の特徴を持った刀です。
そして、淵天と千鉱の可能性について、作中だと下記の様に書かれています。(※原作のネタバレも入ってるのでご注意下さい)
剣聖にとっての脅威
12巻収録の107話及び108話では、下記の情報が判明しました。
そして、108話では、下記の様な描写もあったのです。
それによって、座村は淵天だけでなく、千鉱も剣聖にとって脅威となると考えました。

なので、上記の一連のシーンは、千鉱の秘めている可能性についてのシーンと言う事になると思います。
千鉱という未来
第109話「飛宗VS勾罪」において座村は、千鉱という光はこれからも多くのものを照らすと考えました。
だからこそ、千鉱という未来を絶やさないために座村は剣聖・曽我明無良と対峙します。
なので、千鉱が無限の可能性を秘めているという事で、「淵が天のように果てしなく広い」という事になる可能性を考えました。
そして、千鉱だけでなく淵天も同様に無限の可能性を秘めているからこそ、その意味を込めて「淵天」となったと予想します。
淵天の意味を考察:光で照らす
12巻収録の第109話「飛宗VS勾罪」において、座村は下記の台詞を言っていました。
このセリフを言った際に、空から光が降り注いでいるように描写されていたのです。
そして、「淵」は「絶望の淵」と表現されるように、苦境や深みを意味する文字でもあります。

なので、とても暗くて深い淵も天からの光によって照らすように、苦境を救うような存在になる様にという意味を込めた言葉が「淵天」なのかもしれません
淵天の意味を考察:呪いからの解放
12巻収録の第111話「頂」において、座村は下記の様に思っていました。
明無良は、真打・勾罪の契約者となった後、民の脅威となる存在を排除しようと考えていました。
なので、そういう考えに至った呪いを、千鉱は解いてくれると考えているのかもしれません。
また、妖刀契約者は命滅契約を結んでいて、所有者だけがその命が絶えるまでその妖刀の力を扱えます。
そして、真打・勾玉罪を持つ明無良が命を落とせば、命滅契約の影響で他の契約者まで命を落とす事になるのです。
なので、国重としても妖刀に縛られてる契約者を解放してやりたいと考えていた可能性があると考えます。
だから、「淵天」についても、下記の様な意味が込められているのかもしれないと予想します。
| 淵 | 呪い |
| 天 | 解放 |

そして、国重にとっても明無良は義理の弟と言える存在なので、真打から解放してあげたい気持ちがあったのかもしれません
淵天の意味まとめ
しかし、作中の描写から下記の意味があるのではないかと考えています。

そして、劇中に置いてなぜそう名付けたのか説明があるかも注目ですね



コメント